2012年03月25日

航海の前に準備する



博士号取得後の、最初のポスドク先は「微生物生態学」の研究室だったので、生化学・分子生物学を専攻してきた自分は、ラボ内ではどちらかというとアウトサイダーな存在でした。

そんな環境でどういう研究テーマをやろうかと悩んでいたときに、直属のボスが囁いた「何をやってもいいよ」という甘い言葉に乗っかり、それまでの生化学的研究の延長のようなことをやることにしました。

これについては、もうちょっと上手くやれたかなと思っていて、微生物生態学の研究室に生化学者を専攻してきた自分が居たから出来たような学際的なテーマをやればよかったと思っています。言って見れば、生態学と生化学の融合、というか何というか。。。

実際にはアウトサイダーとしてチマチマと生化学をやっていたわけで、肩身も狭いし、設備もないから研究も進まない。


そんなわけでアメリカに行くことが決まったころには、「次は研究室の研究概要の本流に近いことをやりたい」という欲求が溜まっていました。やりたい、やってみたい研究はありました。が、それを「やりたい!」と次ボスに言ってしまうと「おぉやってみなよ」ときっと言ってくれるだろうけど、上手くいかなかったらきっと放置プレイだし、またアウトサイダー的立ち位置になっても嫌だし、ブツブツ。

で、私がとった方法は、「超受け身」。ラボの本流を感じるために、その流れに身を任せようと。渡米直後の研究テーマは、ボスに言われた通りのもの。だってポスドクって、ボスの研究グラントで雇われてるんじゃん。ボスがやって欲しい研究テーマを遂行するのがポスドクの仕事じゃん・・・

有名な大ボス先生が、どのようにラボを切り盛りしているのかは、やはり興味があるところです。その本流には乗っていたいわけで。。。

・・・
結局は、ボスに与えられた研究テーマが全然面白くなく、1年後に、「こんな感じの研究がしたいんだけど!」と直談判。

そこから研究が軌道に乗り始めました。


まぁ難しいところですねー。最初の1年間で流れを感じられたから直談判できたような部分もあるし。ボスも、グラント(学振)を自分で持ってきたポスドクをどう処理してよいか分からなくて、試している部分もあったでしょうし。1年で何となくコイツは使えると思ってくれたのか、実際、学振期間が切れてボスに直接雇われるようになってから急に色々な仕事が降ってくるようになり、大変でしたが共同研究も増えるし楽しかったです。難しいっすね。

で(x2)、私が言いたいことは、どんな理由があれ、研究テーマは自分で前もって決めとけってことです。より具体的な。

行く前から流れを感じてしまえ、ってことです。大先生なら過去の仕事がどういうものか分かっているし、出来ます。

相手の興味と自分の興味の合わさるところ(mutual interest)を見つけておきたいっすね。出来れば、かなり具体的に。

「新しいラボで新しい研究手法を修得したい」からテーマが前もって決めづらい、ということもあると思います。今自分ができない手法を用いたテーマを提案するのは難しい。

でも、でもでも、前もって決めておきましょう。より具体的に。あとで変更は可能です。


(猛烈な眠気により後半かなり強引な展開ですが、そこはやはりご愛嬌。こんな内容の話を眠気と共に書くなっていうご批判は寝ている間に受け付けます。)


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2011年06月24日

ラボマネージャー(4)

ラボマネージャーが突如いなくなってしまうので、さぁ誰が後釜のラボマネになるのかというのが問題になります。

ということで、ラボマネ候補になりうる、ラボ内のポスドク陣容を整理。古株から順に。

R氏(アメリカ) 7月に去る予定
私(日本)    8月に去る予定
K氏(ドイツ)  12月頃には去りたい
Z氏(中国)   謎(英語がほぼ話せない)
M氏(ドイツ)  来年夏頃には去る事になっているがもっと居たい


まず、ラボ内の誰もが思うことが「K氏がいいんじゃないかな」ということ。彼は仕事は丁寧だし、親切で、機械に詳しく壊れたものとかを直せる。責任感も強く、まじめ。本人は当初英語にコンプレックスをもっていたが、はたからみたら全く問題なく、しかも数年前に中国人の彼女ができて一緒に住んでるし、毎日英語でコミュニケーションしとるがな。彼女はペンステートで講師をしているので、K氏がラボマネになってずっとこの街に住み続けることになっても全く問題ない。その事はボスも知っている。


ともかく、ラボマネージャーがボストンに行くことを決心したのが金曜日

(みんなの予想通り)ボスからK氏にラボマネ就任の打診があったのが翌週の火曜日

これをK氏がリジェクトしたのが水曜日・・・

えっ、なんでオファー受けなかったの?

いやぁ僕はやっぱりドイツに帰りたいから。

彼女はどうすんの?

実はつい数週間前に、一緒にドイツに帰ってもらうように説得に成功したところなんだ。

おぉー、そいつぁーよかったね。万歳万歳。頑張って仕事を見つけなきゃね。

・・・・・

それはなんともグッドニュース。しかし、さてラボマネはどうしよう。。。誰が物品注文すんのさ。。。

しょうがないので、7月までの暫定として、R氏がラボマネを兼務することに。いそいで旧ラボマネと一緒に事務方に挨拶にまわり、R氏名義のラボ用クレジットカードを作製した。

R氏はいままで5年間分の仕事を一気に論文3本に書いて投稿したばかりなので、もう7月までほとんど実験をする予定(つもり)がない。そういう意味では助かった。

しかしだよ、7月以降、誰が物品注文すんのさ。。。



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2011年06月14日

Sloppy Lab.


うちのラボは4階建てビルの2階にあるのですが、現在3階部分は改装工事中です。

上の階からは連日どったんばったんと工事の音。

そして、案の定というべきか、何というべきか、天井から水漏れ。。。

これはもはや水様のたたりじゃー。

というわけで、過去の水漏れ記事はこのあたりです。
http://roseiflexus.seesaa.net/article/121407714.html
http://roseiflexus.seesaa.net/article/108006174.html
http://roseiflexus.seesaa.net/article/107830596.html

今回の原因ははっきりしていて、天井裏にあるエアコンディショナー用の冷水管を覆っているはずの断熱材がとれている。。。なので、つまり、冷水管の回りに水滴がついてしまい、それが管をつたって、ある一定の箇所で集まってボタボタと落ちてくる、というわけです。

そんな状態がもうかれこれ2週間くらい続いている。

なぜかというと、どの予算を使って直していいか分からないから、だそうな。改築工事関係の予算か、学科の予算か、うちのラボもしくは上のラボの予算か。よもや、日本の官庁のような縦割り行政がここステートカレッジでも見られようとは(!)。どう考えてもうちのラボが払うわけないだろ。 ということで、近日中に関係者による話し合いがもたれるそうです。

さすがにこうも(毎回違う原因で)水漏れがつづくと、ラボのメンバーもあきれ気味で、今回はギャグを言う人もなし。誰かが、「ボスがいなくてよかったね。もし彼がいたら・・・」というところで笑いが漏れた。きっとみんな、怒り心頭で目が全く笑っていないボスの顔を想像したのでしょう。。。

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2011年01月08日

J-1ビザの更新方法 体験談

J-1ビザの更新の方法について尋ねられたので、ここでまとめておこうと思いました。

と言っても、何も難しいことはなくて、「もう1回ビザを申請する」というだけで、更新だからといって特別に何か追加で必要となることはありません。

違うのは、あなたが既にアメリカにいるということです。初めてビザを申請するときは、DS-2019を発行してもらうために研究留学先の大学の事務室とメールでやりとりをしたと思いますが、その事務室が今や目の前にある、ということです。

もう1つ違うのは、更新時はSEVIS料は払わなくてよいです。ビザ申請料はまた払いますが。

それと、基本的なことですが、更新するときはアメリカから出てください。(米国ビザとは、アメリカに入るための手形なので、アメリカの外でないと発行されません) たいていは日本に帰って、日本にある米国大使館で申請しますが、カナダやメキシコにある大使館でもできます。


ちなみに、ビザは入国証で、DS-2019は滞在証、です。

ですので、ゴージャスな見た目のビザよりも、ペッラペラの紙切れのDS-2019のほうが大事です。

ですので、絶対にDS-2019の期限は途切れがないようにしてください。

逆にいうと、アメリカにいる間にビザの期限は切れていても構いません。または、日本に(たとえばビザ更新もかねて1ヶ月くらい)帰国している間にビザが切れしまっても構いません。その場合は当然新しいビザがないと再度アメリカに入国することはできませんが。


参考までに、私がビザを更新したときの体験を、流れに沿って書いてみます。

(期限切れになる3ヶ月くらい前)どうやって、どういうタイミングでボスに話を切りだそうかなぁーと思っていると、いつもボスのほうからおもむろに、「ビザもうすぐ更新せなあかんやろ。どうすんねん?」と言ってくる。

ボスと一緒に学科の事務室に行く。滞在期間を延長したい旨を伝える。(事務のひとに「何年延長するの?」と聞かれて、ボスも「ほんまやな、何年にする?」と聞いてくる。えっ今ここで決めるの?と思いながらも、プロ野球のベテラン選手のような気持ちで、毎年が勝負と思い、1年だけの延長にする。本当は2年とかにしたほうがビザ申請料(夫婦で3万円)がうくのでお得です。)

事務から必要書類がメール添付で送られてくるので、空欄に記入してサイン欄にサインし、さらにボスのサインももらう。その書類と、簡単なCV(履歴書)、MEDICAL EVACUATION AND REPATRIATIONの保険のコピー、を事務室に提出

1,2週間ほどで、新しいDS-2019ができたと連絡をうける。

DS-2019を取りに、International Student Officeに行く。パスポート持参。色んな書類にサインした。新しいDS-2019とI-9を受け取る。(ついでに、DS-2019のTravel Validationの欄(1ページ目の右下のやつ)にサインをもらっておくと二度手間にならずに済む)

I-9 Formを学科の事務に持っていく。

とりあえず一安心

http://japan.usembassy.gov/j/visa/tvisaj-niv-walkin1.html
から、必要書類を記入・作製
ビザ申請の面接日を予約
面接予約確認書を印刷しておく
<予約は日本に帰るまえにとっておくべし>

もう一安心

日本にカエル。

面接日までに随時
ATMで申請料支払い。領収書大事に保管。
レターパック500購入
クリアーファイル購入
ビザ申請用写真撮影

いざ、面接。

そんな感じでした。何か抜けていたら知らせてください。

参考までに、2007年に面接を受けたときの過去のブログ記事はこちら。いま読み返すと大したこと書いていませんね。。必要書類などは当時から変わっていますので読み飛ばしてください。
最新の書類の並べ方はこんな感じのようです。


以下は余談。
財政証明っていうのがいつもグレーゾーンなんですが、私は特に何も提出しなくても大丈夫でした。現地の大学に雇われる場合は何もださなくて大丈夫と思います。というか何も提出できない。これはFビザのときだけ提出するものなのでしょう、きっと。学振研究員の頃は、学振からの証明書があるので一応それを提出していました。日本の省庁・企業からお金がでている場合は(つまり現地で雇われるわけではない)、何か書類があったほうが安心かもしれません。が、この場合は、何かしらの渡航プログラムを使って渡米するのでしょうから何かしらの証明できる書類をすでに持っているのではないかと思います。


posted by つか at 14:18| Comment(5) | TrackBack(0) | 米国留学(研究) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

新入り


毎年この時期は、新しい大学院生が研究室に配属される頃です。なぜなら、彼らは9月に入学して、そこから1ヶ月ずつ、3つの研究室を仮配属というかたちで転々とします(計3ヶ月)。それで、その3つから本所属したい研究室を選ぶわけです。学科の研究室の数よりも入学する院生の数のほうが少ないくらいなので、1人でも所属先に選んでくれたらオッケー、2人もきたら大オッケーです。

というわけで、今年はアダム君というプエルトリコ人(だったと思う、確か・・)が新しい研究室のメンバーとして加わりました。彼は、笑っちゃうくらい典型的な、陽気なラテン系でお調子者です。たぶん今後研究室の機器を何かしら壊すであろう、というのが最近流行のジョークです。ちゃんと保険に入ったか?そばにいたらケガするぞ、って。

ちなみに去年は2人の大学院生が新しく入ってきて、たしか年明け頃に、うちの家で歓迎会をしました。歓迎会よりもサッカーを優先させたR氏以外のラボメンバー全員が参加して(たぶん15人くらい)、あの時がうちに人を呼んだ人数のMAXだったな〜、と懐かしい。今年は歓迎会はどこでするのかな。 というか歓迎会自体をするのかな。


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2010年09月01日

新学期


今週先週(もう1週間過ぎた・・早い!)から新学期が始まってキャンパスに学生がうじゃうじゃと戻ってきました。まるで違う都市、違う惑星にやってきたのか、というくらい街の様子が急激に変わります。学生寮が、直前の土曜日からしか入居できないので、彼らが悪いわけではないんですが、土日は引越作業中の路駐がキャンパス内に溢れかえっていてすごい。毎度のことながら、メリハリが効き過ぎていて目眩がしそうです。

学長から全スタッフ宛に、"Student Retention"に注意せよ、という内容のメールがきました。さすがに五月病というのは万国共通のようで、新学期開始後しばらくしたら学校に来なくなっちゃう学生がいるようで、そういう学生をいかに少なくするかという事に努力が払われているようです。日本の場合、それプラス、ゴールデンウィークが絶妙の期間にあるので、余計に学校に来なくなってしまう大学生がでてくるのではと思います。いっそのこと学校を9月開始にしてしまえばいいのに!、、とフィーリングで言ってみます。


Retentionと言われて、学生がHPLCカラムの中に溜まっている様子を想像してはいけません。でもカラムをキャンパスに置き換えて考えたら同じことですかね。。最後のwashingのステップで全員同時に卒業してくれれれば言うことありませんかね。


posted by つか at 01:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国留学(研究) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月10日

サバティカルの標準形?



今週からボスがサバティカルに出ました。

期間は、



……1年間。



むこう1年間ボスがいません。結構長いですよこれは。


しかもその間に3、4人の大学院生が学位を取って卒業します。まあ彼らはもう結果が出ているので心配いらないのは確かですが・・・。

さすがに新しい学生は採らないのだろうとみんなが思っていたんですが、採る気満々らしいことが先日判明し、秋からやってくる新大学院生のリクルーティングを我々(ポスドクと大学院生)に託して行っちゃいました。


現代では、eメールとパワポとpdfとワードの修正記録機能があるから離れていてもやっていけるけど、10年前はボスがサバティカルに行ったら人々はどうしていたんだろう、などと不思議に思ってみました。


posted by つか at 06:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国留学(研究) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

サバティカル中に論文にまとめてネイチャー出したらそりゃ最高ですよね〜、という話



モンタナ州立大学からうちの研究室にサバティカルとして来ているJP教授の論文が今週号のNatureに掲載されました。

水素を発生する蛋白質、ヒドロゲナーゼの構造の話です。

彼よりも前にサバティカルで来ていたW先生はせっせと実験をやっていましたが、今回のJPさんの場合は、あぁこれぞ“サバティカル”なんだなというくらい、まったく実験はせず(しないほうが普通なんですけどね)、ひたすらにデスクで何か書いてます。書いてるかメールしてるか電話してるか、どこかの学会か講演に行っているか、です。ペンシルバニアにいるという地の利をいかして、東海岸のいろんな都市で開催されている学会や招待講演にいっているようです。サバティカルと一口に言っても、色々なやりようがありますな。

せっかく同じ空間にいるので、当然ながら彼とうちの研究グループで幾つかの共同研究が走っています。
前にも書きましたが、そのうちの1つに私が絡んでいます。それはヒドロゲナーゼではなく、ニトロゲナーゼの仕事です。残念ながらこの仕事はNature級とはいかなさそうです。(そういう芽が出てきて色めき立った時期もあったんですが、今は2てん3てんして落ち着きました。それでもまだかなり面白い仕事ですが。)

最初のころ、彼と明日研究の打ち合わせをしようという事になって、「何時がいい?朝○時頃でいい?」と聞かれて、私が「えっ、いやまぁいいんじゃないすかね」みたいな反応をしたら、そうだ君はnot a morning guy だったねと言われて打ち合わせはあえなく昼過ぎになったことがあります…。。そういうのはすぐバレますな。ハハ。。。

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2010年05月04日

まずは離陸せよ

応募書類を書くにあたって、推薦状なるものが必要になってくるわけですが、それをお願いするために教授のオフィスに行ったところ、また将来に関する話とあいなりました。

でまあ要するに、ラボの人数が過多ぎみで、予定よりも早く研究費が食われているから、私があと2年もラボにいるのは無理なんじゃないか、いやきっと無理だろうという話。もちろん新しい研究費をとるように努力はするが、とれるかどうかはギャランティーできない、と。

これからはポスドク達には、ある程度結果がでてたら、ラボを巣立ってもらうように仕向ける、と言っていました(leaveではなくてdepartという単語を使って強調していたので、おそらく“巣立つ”という意味で言ったと思われます)。


ボスは、大学院生の実験の進捗状況は頻繁に確認しますが、ポスドクについては割と放任主義のようなところがあります。しかし、パウロやT氏のケースで多少ボスも学んだというか懲りたようで、ポスドクについても積極的にハッパをかけるようにしようとしている事が暗にうかがえます。

この話をR氏(アメリカ人)にしたところ、「俺もけっこう前に、そろそろジョブハントを始めるように言われた」とのこと。彼は私よりも半年ほど早くにラボに赴任したメンバーです。彼ははっきりと、「パウロのような感じでラボを出て行きたくないので今書いている論文を仕上げたら次の仕事をさがす」と言っていました。

私はこちらにきてからの仕事で1つ論文がでます(in press)が、当然残りの仕事も完結させたいところではある。。実験をやりながら随時論文にまとめ、次の仕事にアプライする、という忙しい一年になりそうです。

ということで期限はだいたいあと1年。日本の暦的に考えて、来年の4月までには日本に帰れるようにジョブハントしないと。。


(ということで推薦状はかなり真面目に書いてくれた模様。しっかりと厳封されていたので内容を知ることはできませんが)


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2010年04月19日

次の着陸は

海外学振の応募書類と、あともう一つ日本での公募への書類を書いてます。
ついこのあいだ「あと2年はアメリカにいる」と高らかに宣言したにもかかわらず、もうすでに次の職をえるためのプロポーザルをせっせと書いたりしています。。。

いやまぁ、できるならばあと1年は実験に集中して、来年からぼちぼち次の(日本での)職を探し始める(そしてすぐ決まる)、というのが理想なのかもしれませんが、そんなことも言ってられません。もし2年目にすぐ決まらなければ焦りますよ、そりゃもう。ということで、公募があればどんどん出していこうという気持ちに切り替えました。どんどん出せばいいんねやー、という感じでしょうか。関西弁が上級すぎて余計伝わりにくいでしょうか。

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2010年04月06日

帰国したのはどうしてか

アメリカに戻って、まだ時差ボケが抜けてませんが、日々の実験生活にはちゃんと立ち戻れました。

今回この時期に帰国した主な理由は、
・家族的行事に出席するため
・恩師の退官記念パーティーに出席するため
・ビザを更新するため
です。

本当は2月に帰るつもりでチケットも取ってたんですが、たまたま上記の最初の2つが同時期に重なったこともあったので、変更して3月に帰ることにしました。

ビザ取得は、これで3回目です。3回目にして新たに気付いたこともあったのですが、3月下旬から(私が更新した直後から)必要書類の様式が大幅に変わってしまったので、改めてここに書けるようなことはありません。あえていうなら、大使館の入り口で書類をチェックしてくれるキツイお姉さん達は、事務的なことをまくし立てて言いますが、よく聞いてみるとおかしなことを言っている場合も多々あるのでおかしいと思ったら断固戦うべし。私は彼女達が嫌いです。特に実害を被ったことはないんですが。

ビザも3枚目です。年々ビザ写真の顔が変わっていく(大きくなっていく)ような…

今回は、+2年分のビザを取得しました。ということは、私を雇うための研究プロジェクトがあと2年分残っているということです。基本的に、滞在中のスポンサーが誰なのか、がはっきりしないとビザは発給されないので。

だからと言って、あと2年分の給料が安泰かというと、実はそうでもなく。。このブログでも何度か書いていますが、現在ラボは人員が溢れかえっていて、言ってみれば5人乗りのボートに7,8人乗っているような状態です。2年を待たずして、おそらく1年後くらいに今のプロジェクトマネーはなくなるだろうと、少し前にボスに吐露されました。

というか、そういう柔軟な会計処理ができるのがすごいですな。(日本もそうなればいいのに、というおなじみの台詞は言わずもがな…)

もちろん、次のグラントが取るつもりでプロポーザルを書くけど、取れるかどうかは保証できない、とのこと。

そりゃそうだ。

自分がもし将来(本当に)研究室を主催する立場になったら、こういう時が辛いだろうなぁと思った。

もしみんな一生ここに居られるなら、こんな話をしなくて済むし、どんなにか素晴らしいだろう、とはボスの弁。

ま、そういう業界ですからね。自分がボスになるしかないかな。


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2010年02月01日

延長

あと2年アメリカにいることが決まりました。

具体的にいうと、先週ボスと一緒に学科のオフィスに行って、DS-2019(滞在許可証, ビザよりも重要)の期間をあと2年延長してもらうようにお願いしてきました。

2010年度と2011年度はアメリカに残ります。

2年目には次の(日本での)職を探し始めないといかんな〜と思います。そのころには34歳になっているわけで、もし公募に「35歳以下に限る」などと年齢制限があったりすると(最近はあまりそういうの見かけませんが)、結構やばい年齢になってきました。。あわわ

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2009年12月30日

ホリデーシーズンの大学はとてもひっそりしている

12月20日前後から母国や実家へ帰るひとが増え始めるものの、23日までは「夏休みの大学(日米問わず)」という雰囲気で、キャンパスに学部生はいないものの研究棟は稼働している。

しかしそのような雰囲気も24日で終わり。24日からは各建物に鍵がかかって、日曜日と同じ具合になる。研究棟内にも誰もいなくなる。いや普段の日曜日のほうがもうすこし物音がしていると思う。そのくらい静か。

公式な祝日は25日だけなので、なぜか私は毎年、24日までは人がいるのだろうと勘違いして、研究室に来てから「そりゃそうだ」と気付く。イブにラボに来ても誰もいない(でもボスはいる)。イブはみんなクリスマスディナーを囲む。昼間はその準備で忙しく。そして25日はプレゼントを交換しながらゆったりと過ごすのである。。

大学の事務も23日くらいから閉まって年明けまでお休み。私は年明けすぐにラボ・ミーティングがあたっているので、その前までにひと実験おわらせるべく、いそいそとラボに来つづけている。来ているのは私とボスとあとは中国人が1,2人くらい。ストックルームも閉まっているので、実験中にもし試薬がきれてしまっても買いにもいけない。目下のところはペーパータオルの代えがないので手を洗ったらシャツの裾で拭いている。もし何か試薬をこぼしても、シャツの裾で拭くはめにはならないように、今ある分をキープしている。。

24日はさすがに私も(ボスも)午後早めに帰って、夕方からは毎年恒例となりつつあるワイン・パーティを催した。普段は飲めないような高級なワインをたらふく飲んだ。


しかし実は24日は朝一で、この前アクセプトされた論文のゲラ刷りが届いた。例のごとく48時間以内に修正箇所を見つけて返答しないと、そのまま最終稿となってしまう。まさに、イブとクリスマスに働けと言っているようなものである、恐ろしや。私とボスで(そもそもこの2人しかラボにいないのだが)ちゃちゃっとやっつけて午後3時くらいには返信した(そして帰った)。12/31にNIHのグラントの中間報告の締切があるらしく、それまでにE-publicationの状態になったらいいなぁ、と言っていた。しかしまぁ締切の期限が大晦日とは末恐ろしい。ご苦労サマです。。


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2009年12月20日

雪の降る街

リンクは、大学から送られてきたHappy Holidaysの動画です。

途中ところどころにステートカレッジ市内の町並みが出てきますので、私が住んでいるのがどういうところが知ってもらうには使えるなと思いました。ですので、特に私からのグリーティングカード代わりというわけではありません。んが、みなさんメリークリスマスです。

http://www.youtube.com/pennstate#p/a/u/0/KAR-v-dtgn0



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2009年11月11日

サバティカル アゲイン

先月からサバティカルとして、また新たなプロフェッサーJさんがうちの研究室に来ています。

昨年まで同じようにサバティカルで来ていたWさんのように、若返ったように自らガシガシしと実験をやるというふうでもなく、今のところ論文を直したりトークの準備をしたりとデスクワークを中心にやっています。そのうちこちらでの新しい研究も始まるらしいですが、ラボのメンバーに実験を手伝ってもらったりしながら進めていく様子。(実際のところ今ラボは定員オーバー状態で、空きの実験ベンチもありません。デスクも余っておらず、ラボから少し離れたところに小部屋を用意してもらって、彼はそこを使っています。)

大きくわけて2つの研究テーマをこちらでやるようですが、私がそのうち1つのお手伝いをすることになりました。さてどうなるでしょう。楽しみです。が、忙しさに拍車がかかってキリキリと舞っています。そして、いくつかの実験がほったらかしになっています。あーやばい。やらねば


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2009年09月17日

大学の学長

新学期も始まり、キャンパスにはどっかりと大量の学生が戻ってきました。夏休み中は、ひとけのないキャンパスにたくさんのリスやウサギが我がもの顔で活動していました。学生が帰ってきたらどこかの木陰に隠れるのかと思っていたら、案の定いまだに我がもの顔で振る舞っています。。

9月からの新学年の始まりに際して、学長から今年度の施政方針演説(年頭演説)がメールで回覧されてきました。以下のサイトから動画も見られます。
http://president.psu.edu/sou/articles/sou2009.html

この人物は、かれこれ15年もペン・ステートの学長をやっています。学長の仕事というのは主に、お金を調達してくる事なのだそうですが、彼は毎年かなりの金額を取ってきているらしいです。やることやっているのだから誰も文句は無いのでしょう。何年間学長をやっていようが。

彼の、七三とも何ともいえない(九一か?)髪型は、初めはきもちわるいと思ったものですが、見慣れてくるととても普通に思えるので不思議なものです。。

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2009年08月17日

カナダより無事帰国

学会から帰ってきました。

これで国際学会は5〜6回目の参加ですが、初めてのホテルで開催された学会で、サービスが至れり尽くせりで、よかった! 昼ご飯も美味しくて。会期のうち1日はホテル最上階のレストランでの昼食付きでした。

日本人の知り合いはあまりたくさん参加していなかったけど、ラボから9人も参加したのであまり寂しくはなかった。毎日歩きまくりで、少し痩せたかも・・

久しぶりにあった研究者仲間に突然、「いつもブログみてますよ」と言われ、たいそう驚きました。。普通に、グーグル検索したら引っかかったそうで。。そういう事もあるという前提でいつも書いていますが、いざ言われると焦ります。ペンステートで、光合成で、管理者が「つか」ということでほぼ確定するとのことです。。

行き帰りの各10時間のドライブはあまりつらくもなく、和気あいあいと過ごしました。

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2009年08月09日

国際学会

明日からモントリオールで開かれる国際学会へ行ってきます。

ボスだけは飛行機で行くのだけど、ラボの残りの参加メンバー8人は大型のバン(15人乗り)をレンタルして車で現地に向かいます。10時間のドライブです。

なもんで、明日は朝の6時集合です。。5時起き。。

こちらに来てから1度も学会にいっていないので、約2年ぶりの学会です。。いろんな人に会えるのが楽しみですが、残念ながらどういうわけか今回は日本からの参加者が少ないようです。

とにかく楽しみです。

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2009年06月13日

洪水、第2弾

去年の秋ごろに研究室の天井から水が大量に降ってきた話をしました。

やや洪水…
洪水、の続編


それが今日また起きました。。水量にして前回の3倍くらいでしょうか。。間違いなく「過去最悪」記録更新です。

洪水2.jpg
この写真を撮った直後に、ひだりのぶら下がっている天井が落下しました。危機一髪。


前回は共通セミナー室でしたが、今回はうちのラボのど真ん中(助手のひとの居室)です。。ちなみに、セミナー室は私がいる居室の東隣の部屋でしたが、今回のは西隣の部屋で、、運がよかったと思うことにしました。

原因は、今回ははっきりしていています。各ラボには壁際に備え付けのエア・コンディショナー(内部に冷水やら温水が循環している)があるのですが、上の階のエア・コンディショナーの配管が破裂したそうです。上の階は、まるで消防車のホースから水が出てくるような勢いで噴き出していたそうです。そんな大量の水が下の階に降ってきたらたまらんです。


洪水1.jpg
騒ぎのあとの静けさ…


以下、そのときの様子を箇条書きに。。
・前回と同じで、はじめは天井の板の隙間から水がボタボタと降ってきて、そのうち天井の壁が落ちて、それとともに大量の水がドッカーン。
・隣の部屋からボタボタと音がし始めたときに、すぐに「あ、これはあれだな」と分かった。
・廊下に駆け出すと、すでに私も含めて3,4人が走っていた。
・ドッカーンが来る前に、だいたいの物とデスクにゴミ袋をかぶせた。
・カタログが積んである本棚があるのに、カタログの被害は最小限。
・みんな手際がよかった。(慣れている場合か…)
・被害サイトには瞬時に空のゴミ箱が10個くらい集結した。
・係の人(janitorとか)が来るのもかなり早かった。。(慣れた?)
・それでも、サンダル履いてたら足が濡れるくらい、水が溜まった。
・水を吸い取る専用掃除機みたいなので、すぐ水はひけたので助かった。つくづく、掃除の人が分業制なのがよいと思った。

・なぜ常にうちの階の上が破裂するのか。
・次はきっとお前の部屋だな、などと冗談が飛ぶ。
・いやその前に、前回の慣例にしたがうなら、先に隣の研究室で起こってからだ。と誰かが冗談をかぶせる
・やや遅れてボス登場。誰かが冗談をふるも、目がまったく笑っていない。さすがに2回目なのでどこかに何か言いに行くに違いない。
・みんな疲れて午後3時くらいには帰る人が続出。




posted by つか at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国留学(研究) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

ああ君よ。

今日は研究室のメンバーでポスドクの、パウロ (このブログでは“P氏”としてたびたび登場。本人の許可を得て実名で記載。) について書こうと思います。

パウロは3月いっぱいで契約が切れ、研究室を去りました(4月下旬までこの街にはいるようですが)。昨日、土曜日は彼の送別会でした。

彼は、3年間この研究室にいましたが、これといった研究成果は出ませんでした。もちろん生物学の研究というのは、結果が出るのに時間がかかるものですし、特に彼はチャレンジングな研究テーマに取り組んでいたので、これは致し方ないかもしれません。しかし将来のステップアップを考えると、3年間結果がないというのは痛手です。とはいえ当の本人はあまり意に介した様子もなく、また次のポスドク先で頑張ればいいや、という感じです。

最近、Natureの記事で知ったのですが「ポスドク依存症」という言葉があるのですね。。依存症というのが正しい言葉の使い方かどうかわかりませんが、まさに彼はそんな感じです。教授などへのステップアップの意志がないわけではないのですが、ポスドクを転々としているうちに、そのうちに、いつか良い結果がでればいいや、と考えているフシがあります。結果がでない数年間も人生の一部だ、と。そうこうしているうちに彼ももう41歳です。

私としては40歳を超えてもポスドクをしているのは(あり得るけど)イヤなので、やはりどこか若いうちにガツガツと人生を歩まなくちゃいけないのだなと(ずっと)思っています。結果が出にくい研究テーマに取り組んでいるなら、腕をもう2本はやす勢いで、並行して結果が出やすそうなテーマを扱うとか。そのテーマもダメそうなら、さらにもう2本腕をはやして…とか。(もしくは、これはアメリカに来てから学びましたが、現在の研究テーマがうまくいきそうにないなら、あっさりと捨てるというのも大事かと。。)

日本でも数年前に大学院生の数をすごく増やして、その数年後にまた場当たり的にポスドクのポジションを増やしました。教授などのポジションの数は変わっていないのだけど、ポスドクの求人数は結構あるので、ポスドクを転々とすることもあるでしょう。もしかしたらどこかでポスドク依存症になりそうな自分を奮い立たせる必要があるでしょうか。

「実力があっても結果がでないことがある」のが生物学の研究とはいえ、競争である以上(たとえ運が100%でも)成果をだしたひとが次のステップに進めるのは当然なのだから、なんせ結果をださないといかんのだな、と思います。

話をパウロに戻します。

彼は、4月下旬まではまだこの街にいて、5月にはいったん祖国ポルトガルに帰るようです。帰ったら地元の町長選挙に立候補するのだそうです。。大本命の立候補者がほかにいるようで、彼は当て馬のような感じで無理矢理立候補させられるんだ、とは言っていましたが。パウロは、ペン州大のポスドク委員会のような団体の副会長をしていたり、アメリカに住むポルトガル人協会の会長をしていたりと、精力的にネットワーキングしていました。このまま政治家になるのも悪くないんじゃないかと私個人的には思っていますが。。日本でももっと博士号をもった政治家が増えてほしいもんです。

予定では9月に選挙に落ちたあとは、10月からコロラドのバイオフューエル研究センターに行くことがほぼ決まっているそうです。「ほぼ」決まっているというのは、向こうのボスはパウロを採ることを決めたのだけど、まだ予算がつくかどうかが本決まりではないらしい…(何じゃそら)。

私とパウロは、去年の冬に毎週インドアサッカーをやりました。その他にもだいたい月に1回くらいはバーや彼の家で飲み会をしたりしました。私はひとの身の上話(特に恋愛の話)を根ほり葉ほり聞くのが大好きで、大学生のときは同級生から「デカ長」と呼ばれたこともありましたが、パウロからはCIAと呼ばれたこともありました…。まぁ掘れば掘るほど面白い話がでてくる奴で。。いなくなってしまうのはめちゃくちゃ寂しいです。

少し前のNatureにパウロの顔写真入りの記事が載っているのでご紹介。 決してNatureに論文を投稿したわけではないので注意です。(PDF versionはこちら。)
posted by つか at 04:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 米国留学(研究) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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