2007年12月01日

ウェブ進化論

ブログに興味を持った後しばらく、さてさてブログを開設しようかどうしようかと、くすぶっていたところを最後の一押しをしてくれたのは間違いなくこの本です。

もはや言わずとしれたベストセラーですね。各方面で話題を呼んでいるようです。氷室京介も読んで感銘を受けたとか受けないとか(なんのこっちゃ!?)。

まず読み物としてよく書けています。言葉1つ1つに神経を使っているなという印象です。本書を執筆するために、およそ5週間家に籠もって、最後はフラフラになりながら仕上げたというのが頷けます。
「ロングテール現象」などのネット社会で起きている事柄についての説明も秀逸ですし、これからのウェブに秘められた可能性への啓蒙書として成功していると思います。何よりブログの可能性を私に感じさせてくれました。

個人的には、本書の命題とは直接関係のない、ちょっと脇道に逸れた記述がいくつか印象に残っています。
そういう箇所を以下、抜粋してみます。

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私の学生時代の夢は、学問の研究をずっと続けて大学に残ることだった。しかし実際には、さまざまな偶然が重なってビジネスの世界に転じ、そして日本を離れ、そんな昔の夢などとは縁遠い世界で生きている。
 なぜ大学に残りたいと思ったのだろうと思い出してみる。たしかに勉強や研究が好きだったし、学問の世界で某かの業績を残したいという野心もあったが、本質的なところでは「自分の研究室(ゼミ)を持って、学生たちと一緒に知的生活を送る」という「日々の在り様」に強く惹かれていた。ずいぶん遠い世界に来てしまったから、あれは叶わぬ夢だったのだなぁ、とふと五、六年前に思ったのをよく覚えている。
 ところが、である。凄いことに私は今、ネット上に「バーチャル研究室」とも言うべきエンティティ(存在)を持ち、本業のビジネスを営む傍ら、極めて充実した知的生活を送るに至っている。(以下省略)

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 私が渡米したのは三四歳のとき。このメールを書いたのが四四歳のとき。「四四歳の私」が「三三歳だった私」から相談を受けたら、どんな回答をしただろうかと悩んでしまったのである。ひょっとして「お前がやろうとしていることは、危なっかしくて見ていられない」と答えたのではあるまいかと。
 (中略)「四四歳の私」は、いろいろなことを知っている。でも「三四歳だった私」は、渡米したとき、そんなことは何も知らなかった。いや「知らなかった」わけではないが、「自分のことではないだろう」と考えられるだけの「勢い」があった。一言で言えば、客観的でなかったのである。(中略)
 三四歳のとき、もっとモノをよく知っていて、もっと客観的で、それゆえ「もう少し力をつけてからでも遅くない…」なんて考えて、冒険しなかったらと思うと、ぞっとする。モノが見えてなくて良かった。今、心からそう思うのだ。
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