2009年04月06日

ああ君よ。

今日は研究室のメンバーでポスドクの、パウロ (このブログでは“P氏”としてたびたび登場。本人の許可を得て実名で記載。) について書こうと思います。

パウロは3月いっぱいで契約が切れ、研究室を去りました(4月下旬までこの街にはいるようですが)。昨日、土曜日は彼の送別会でした。

彼は、3年間この研究室にいましたが、これといった研究成果は出ませんでした。もちろん生物学の研究というのは、結果が出るのに時間がかかるものですし、特に彼はチャレンジングな研究テーマに取り組んでいたので、これは致し方ないかもしれません。しかし将来のステップアップを考えると、3年間結果がないというのは痛手です。とはいえ当の本人はあまり意に介した様子もなく、また次のポスドク先で頑張ればいいや、という感じです。

最近、Natureの記事で知ったのですが「ポスドク依存症」という言葉があるのですね。。依存症というのが正しい言葉の使い方かどうかわかりませんが、まさに彼はそんな感じです。教授などへのステップアップの意志がないわけではないのですが、ポスドクを転々としているうちに、そのうちに、いつか良い結果がでればいいや、と考えているフシがあります。結果がでない数年間も人生の一部だ、と。そうこうしているうちに彼ももう41歳です。

私としては40歳を超えてもポスドクをしているのは(あり得るけど)イヤなので、やはりどこか若いうちにガツガツと人生を歩まなくちゃいけないのだなと(ずっと)思っています。結果が出にくい研究テーマに取り組んでいるなら、腕をもう2本はやす勢いで、並行して結果が出やすそうなテーマを扱うとか。そのテーマもダメそうなら、さらにもう2本腕をはやして…とか。(もしくは、これはアメリカに来てから学びましたが、現在の研究テーマがうまくいきそうにないなら、あっさりと捨てるというのも大事かと。。)

日本でも数年前に大学院生の数をすごく増やして、その数年後にまた場当たり的にポスドクのポジションを増やしました。教授などのポジションの数は変わっていないのだけど、ポスドクの求人数は結構あるので、ポスドクを転々とすることもあるでしょう。もしかしたらどこかでポスドク依存症になりそうな自分を奮い立たせる必要があるでしょうか。

「実力があっても結果がでないことがある」のが生物学の研究とはいえ、競争である以上(たとえ運が100%でも)成果をだしたひとが次のステップに進めるのは当然なのだから、なんせ結果をださないといかんのだな、と思います。

話をパウロに戻します。

彼は、4月下旬まではまだこの街にいて、5月にはいったん祖国ポルトガルに帰るようです。帰ったら地元の町長選挙に立候補するのだそうです。。大本命の立候補者がほかにいるようで、彼は当て馬のような感じで無理矢理立候補させられるんだ、とは言っていましたが。パウロは、ペン州大のポスドク委員会のような団体の副会長をしていたり、アメリカに住むポルトガル人協会の会長をしていたりと、精力的にネットワーキングしていました。このまま政治家になるのも悪くないんじゃないかと私個人的には思っていますが。。日本でももっと博士号をもった政治家が増えてほしいもんです。

予定では9月に選挙に落ちたあとは、10月からコロラドのバイオフューエル研究センターに行くことがほぼ決まっているそうです。「ほぼ」決まっているというのは、向こうのボスはパウロを採ることを決めたのだけど、まだ予算がつくかどうかが本決まりではないらしい…(何じゃそら)。

私とパウロは、去年の冬に毎週インドアサッカーをやりました。その他にもだいたい月に1回くらいはバーや彼の家で飲み会をしたりしました。私はひとの身の上話(特に恋愛の話)を根ほり葉ほり聞くのが大好きで、大学生のときは同級生から「デカ長」と呼ばれたこともありましたが、パウロからはCIAと呼ばれたこともありました…。まぁ掘れば掘るほど面白い話がでてくる奴で。。いなくなってしまうのはめちゃくちゃ寂しいです。

少し前のNatureにパウロの顔写真入りの記事が載っているのでご紹介。 決してNatureに論文を投稿したわけではないので注意です。(PDF versionはこちら。)
posted by つか at 04:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 米国留学(研究) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
結構厳しいですねえ。D氏は。行き先が決まっていない段階でも期限が来ると去らないといけないとは・・今までそのような状況になった人は国内でも海外でも回りにはいなかったです。円満にラボを去れるものなのでしょうか。ちょっと心配になりました。選挙に勝てるとよいですね。
Posted by stemcell at 2009年04月06日 20:08
厳しいですよ〜。でもいつも半年くらいは猶予があるのでその間に次の職を探せって感じですよ。そんなにすぐ出て行けとは言わないですさすがに。それで見つけられなかったらしょうがないですよね。パウロの場合は最終的にはあまり積極的に探さなかったように思います。10月から、という微妙な「間」が彼にとっては良かったのでしょう。人生いろいろ、ですねぇ。
Posted by つか at 2009年04月07日 00:02
ガラにもなく、ふと思ったことを、マジコメントです。

アカデミックの世界は、あまり詳しくないんですが、成果をどう捉えるか、が大事のような気がします。

昔、会社内の偉い人に、
「〜という狙いで、〜という材料(組み合わせ)で、〜というプロセス(手順・工法など)で、〜を作って、
結果(現行品より優)がでなくても、その情報をまとめて報告書にし、社内の関連する人間が情報を共有できれば、
それは”成果”である。その失敗の積み重ねがいずれ、成功を生む(同じ失敗を繰り返さなくなる。)。
人目を引く結果だけが成果ではない。
だから、失敗を恐れずに、チャレンジを続けて欲しい。」
と言われました。

私は、なるほど、と思いました。

”結果(成果)がでない”、というのは2種類あって、
1.狙いや目的を定めて、それに沿ったアプローチで業務(実験・計算・考察)を滞りなく進めたが、目を見張る結果がでなかった。
(現段階では、神のみぞ知る知見領域のため、どうにもならなかった。)
(計画やアプローチは、その段階ではベストを選択したが、運的な要素で結果のみ出なかった。)
と、
2.なんか良く分からんけど、上(教授や上司)に言われるまま、作業はしたものの、結果がでなかった。
(また、やるべきことも充分にやっていない)

とでは、全く異なるかと思います。
1の人は、いずれ、成功成果が出る方で、自信を持って現在の仕事・研究を続けて欲しいです。
2の人は、100年やっても、何も出ない方かと思います。
(→研究職のみならず、どのような仕事に就いても、あまり成功しないと思います。)


ちょっと、話が脱線したかもですが、
アカデミックな世界でも、”成功成果”だけが論文として認めてもらうのではなく、
”失敗成果”も論文(その人のキャリア)として認めてもらうシステムがあればいいのになー、と思います。

そうすれば、テーマの都合上、その才能(努力)が埋もれてしまっている人材を減らせるかと思います。


バイオや材料における開発の世界って、
組み合わせ(材種、量、工法、プロセスなど)が無限にあるため、
絨毯爆撃的に実験をしたいがために大学院生を増やした(教授サイドの都合)、と聞いたことがあります。
それによって、オーバードクター問題たるものに繋がったと。。。
なんか、やり切れませんね。
才能ある人達を国として、活用できていない。。。。


うーん、あまり纏まってなかったかも、な文章でスンマセン。
Posted by まづ at 2009年04月07日 06:00
まづさんの言っていることは、いわゆる「失敗学」というやつですね。企業においては、失敗事例を蓄積してそれをデータベース化して社内の誰でも閲覧できるようにするのが重要でしょうね。その仕組みがあるならまづさんの会社はよく出来た会社ですね。アカデミックでは失敗した事例を論文として投稿することは難しいでしょうが、学会発表することはできます。さらにデータベース化することは、、かなり難しいですが、こういう研究したいならこのセンセイに聞けばよい、というのはすぐに辿り着けます。その人に会って話しをきけば、失敗談も聞けるでしょう。そういう意味では、研究者データベースというJSTがやっている事業は意味があるのかもsりえない。

しかし私個人的には、失敗した「事例」を救済することに意味はあっても、失敗した「人」を救済するシステムづくりに労力をはらう必要はないと思っている。たとえば企業だって、(たとえ実力があっても)失敗ばかりしている人を社長にはしない。それと同じで、ポスドクが1万人いてそのうち将来教授になれるのが千人だとしたら、成果を出している人物を選んでいるうちに余裕で千人は超えると思う。それが競争だと思う。しかしまあ、新しいポジションに募集するときに、今後の研究計画が非常におもしろく人物的(実力)にも問題なければ、過去の研究成果がいまいちで大目にみることもあるだろうから、そこはよくしたものかもしれない。成果をだしている人の中でも、運がよくて成果がでちゃった人もいるかもしれないが、運も実力のうちでしょう。私の持論では、研究の世界で運が良いひとは、運を呼び込むだけの最低限の努力をしていると思う。

とは言いながら「才能ある人達を国として、活用できていない」というのは、自分でいうのもなんだが、賛成です。たとえば千人しか教授になれないなら、残り9千人が活躍できる(ちゃんと就職できる?)社会になると助かります。。いろんな職業につければよいのだけど。たとえば政治家とか!?

(ちなみに、私の持論では、博士号をもっている人のなかで2の人はほとんどいないと思いますよ。ポスドク1万人いたら9999人はちゃんと自分で考えて研究できます。当たり前だけど)
Posted by つか at 2009年04月07日 08:05
ほう。
大変勉強になりました。
ありがとうございます!!
このごろ、ちょくちょくブログにお邪魔させていただいております。
ちなみに、妄想会会長さんのところから飛んできました〜
Posted by 妄想会五号 at 2009年04月08日 06:50
えーっと、5号というのはMちゃん?それともT君?
4号あたりからナンバリングが不明です。。
とにかくコメントありがとう。
Posted by つか at 2009年04月08日 11:26
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