日本に一時帰国している間にいろんな知人友人に会いました。
研究者仲間にもたくさん再会しました。
近況報告などをしていると、ちかいうちに海外に行こうと考えている人や、もしくは具体的に行くことを段取り中である人がかなりたくさんいて驚きました。
いろいろと海外で研究・生活することについて質問を受け、真面目に答えたつもりですが、そもそも話せる時間が短かったこともあり、充分にお答えできたのかどうか。。。
また何かの折りに質問してくだされば個別にお答えすることもできるし、みなに共通することならこのブログにも書きますのでどうぞ聞いてください。
いやーしかし、いい感じですね、みんなドンドン日本を飛び出しましょう。
お笑いやテレビドラマは、インターネットがあればどこでも見られます。
日本の外から日本を眺めることで、前よりも日本のことが好きにもなります。
一方で、オイオイ日本大丈夫か、と思うこともありますが。。
とにかく、離れて眺めると今まで見えてなかったことが見えることもあります、きっと。
そうでなくても、准教授などの公募条件に「海外での研究経験」などと明記してあるところもでてきたきたようですから。行っときましょう。
(↑ そこまでするのはどうかとも思う反面、潔くて気持ちいいな、と思います)
2008年07月16日
2008年07月09日
フィラデルフィア〜カジノ・シティ〜ニューヨーク
ペンシルバニア州で一番おおきな都市は、フィラデルフィアです。
我が街ステートカレッジからは車で南東へ4時間弱。
ちなみにこの前行ったピッツバーグは、その次に大きい都市で、我が街からは西へ3時間弱。そんな感じで横長な州なんです。ステートカレッジはそんな州のド真ん中にあるド田舎な街なのです。
米国に来てもうすぐ1年が経とうとしていますが、『まだフィリー(フィラデルフィアのこと)に行ってねぇなぁ〜』ということで先々週末に行ってきました。
「地球の歩き方」から抜粋したフィラデルフィアの説明:
フィラデルフィアは、ニューヨークとワシントンDCというアメリカを代表する2都市の間にある、ビッグシティだ。その規模は全米で第5位。しかし、それよりもここは「アメリカ生誕の地」としての魅力にあふれたところ。初めての国会が開かれたのもこの町であり、独立宣言が採択されたのもこの町なのである。観光シーズンには自分たちの国の誕生した地を見ようと、全米から続々と観光客が訪れる。
写真は、市内の目抜き通りの奥にそびえるフィラデルフィア美術館。
手前の大きな階段は、映画『ロッキー』でロッキーがトレーニングをしていたことでも有名です。


階段の右手前にあるロッキーの銅像。

この銅像の周りにはかなりの人だかり。この街で一番人気があるモニュメントのように思えます。やはりロッキーはアメリカン・ドリームの象徴として、アメリカ人にも愛されているのでしょう。
美術館前の階段を上って、市内を見下ろす。

夕方前にフィラデルフィアを出発し、さらに東へ向けてドライブ。約1時間ほどで、大西洋岸の街アトランティック・シティ(ニュー・ジャージー州)に到着。
アトランティック・シティは、ラスベガスに次ぐ全米2番目の規模を誇るカジノの街です。
ということで、晩飯を食ったあとは、人生初のカジノへ。
私はブラックジャックに2時間ほど興じました。同行した友人達はルーレットへ、はたまたスロットマシーンへ、思い思いに過ごしました。
日付が変わる前に、ホテルに戻り就寝。 しかし、遊び足りない数名は再度カジノへ行き朝まで遊んでいたそうな。。
<翌日>
朝、ビーチを散策。
↓
アトランティック・シティを発ち、2時間半ほど北上。
↓
ニューヨーク、マンハッタン島の対岸に位置する日系スーパーMitsuwaにて昼食。ラーメン。
↓
Mitsuwaからシャトルバスに乗りマンハッタンへ。
↓
カラオケを1時間半ほど。。
↓
シャトルバスでMitsuwaに戻る。(マンハッタンではカラオケしただけかーい!)
↓
食材の買い込み。と夕食(天丼)。
↓
帰途に。Mitsuwaからほぼ真西に走ること4時間。
↓
深夜0時前、ステートカレッジに到着。
ドライバーの皆さん、お疲れさま。
我が街ステートカレッジからは車で南東へ4時間弱。
ちなみにこの前行ったピッツバーグは、その次に大きい都市で、我が街からは西へ3時間弱。そんな感じで横長な州なんです。ステートカレッジはそんな州のド真ん中にあるド田舎な街なのです。
米国に来てもうすぐ1年が経とうとしていますが、『まだフィリー(フィラデルフィアのこと)に行ってねぇなぁ〜』ということで先々週末に行ってきました。
「地球の歩き方」から抜粋したフィラデルフィアの説明:
フィラデルフィアは、ニューヨークとワシントンDCというアメリカを代表する2都市の間にある、ビッグシティだ。その規模は全米で第5位。しかし、それよりもここは「アメリカ生誕の地」としての魅力にあふれたところ。初めての国会が開かれたのもこの町であり、独立宣言が採択されたのもこの町なのである。観光シーズンには自分たちの国の誕生した地を見ようと、全米から続々と観光客が訪れる。
写真は、市内の目抜き通りの奥にそびえるフィラデルフィア美術館。
手前の大きな階段は、映画『ロッキー』でロッキーがトレーニングをしていたことでも有名です。

階段の右手前にあるロッキーの銅像。

この銅像の周りにはかなりの人だかり。この街で一番人気があるモニュメントのように思えます。やはりロッキーはアメリカン・ドリームの象徴として、アメリカ人にも愛されているのでしょう。
美術館前の階段を上って、市内を見下ろす。
夕方前にフィラデルフィアを出発し、さらに東へ向けてドライブ。約1時間ほどで、大西洋岸の街アトランティック・シティ(ニュー・ジャージー州)に到着。
アトランティック・シティは、ラスベガスに次ぐ全米2番目の規模を誇るカジノの街です。
ということで、晩飯を食ったあとは、人生初のカジノへ。
私はブラックジャックに2時間ほど興じました。同行した友人達はルーレットへ、はたまたスロットマシーンへ、思い思いに過ごしました。
日付が変わる前に、ホテルに戻り就寝。 しかし、遊び足りない数名は再度カジノへ行き朝まで遊んでいたそうな。。
<翌日>
朝、ビーチを散策。
↓
アトランティック・シティを発ち、2時間半ほど北上。
↓
ニューヨーク、マンハッタン島の対岸に位置する日系スーパーMitsuwaにて昼食。ラーメン。
↓
Mitsuwaからシャトルバスに乗りマンハッタンへ。
↓
カラオケを1時間半ほど。。
↓
シャトルバスでMitsuwaに戻る。(マンハッタンではカラオケしただけかーい!)
↓
食材の買い込み。と夕食(天丼)。
↓
帰途に。Mitsuwaからほぼ真西に走ること4時間。
↓
深夜0時前、ステートカレッジに到着。
ドライバーの皆さん、お疲れさま。
2008年07月06日
マラソンの結果、などなど
4kmマラソンの結果は、25分弱でした。
先週、アパートのジム部屋にあるロードランナーで練習してみたときは1マイルあたり10分のペースで走っていたので、その感じで行けば4kmだと25分だなぁ〜と思っていたら、ほんとうにその通りになりました。
しかし、機械のようにビッタリのペースで走れたわけではなく、前半とばしすぎて後半ほとんど歩いた結果です。。
ほとんど歩いたのにゴールしてみたら25分だったときは、前半にいかに自分が飛ばしすぎていたかに気付いてガクンとなりました。
マラソン大会なんて初めて参加したので、スタート前の群衆からほとばしるなんとも言えない高揚感は楽しかった。
きっとそのせいで飛ばしすぎたのでしょう。
---------
独立記念日は各地でイベントが開かれたようですが、そのうちの1つが毎年恒例のホットドッグの早食い選手権。
その結果は、こちらのスポーツダイジェスト番組(日本の「すぽると」のようなもの)、Sports Centerでも報道されていました。
今年も小林タケルと新チャンピオン・チェスナットのデッドヒートで、10分間の競技を終了して二人ともまったく同じ59個のホットドッグを食べ(鬼か!)、勝負は延長戦へ。
延長戦のことを、プレー・オフではなくて、ドッグ・オフ(“Dog-off”)と呼んでいたのが妙に面白かった。
ドッグ・オフは、個数の勝負ではなく、5個のホットドッグをどちらが先に食べ終わるかというもの。結果、チェスナットが勝利し、去年に続き連覇。小林は去年の雪辱ならず、でした。
----------
7月5日は久々のゴルフ(18ホール)。
自己ベストスコア、100がでました。
やはり嬉しかったのでココに記ス。
100切りは次回以降におあずけ。
先週、アパートのジム部屋にあるロードランナーで練習してみたときは1マイルあたり10分のペースで走っていたので、その感じで行けば4kmだと25分だなぁ〜と思っていたら、ほんとうにその通りになりました。
しかし、機械のようにビッタリのペースで走れたわけではなく、前半とばしすぎて後半ほとんど歩いた結果です。。
ほとんど歩いたのにゴールしてみたら25分だったときは、前半にいかに自分が飛ばしすぎていたかに気付いてガクンとなりました。
マラソン大会なんて初めて参加したので、スタート前の群衆からほとばしるなんとも言えない高揚感は楽しかった。
きっとそのせいで飛ばしすぎたのでしょう。
---------
独立記念日は各地でイベントが開かれたようですが、そのうちの1つが毎年恒例のホットドッグの早食い選手権。
その結果は、こちらのスポーツダイジェスト番組(日本の「すぽると」のようなもの)、Sports Centerでも報道されていました。
今年も小林タケルと新チャンピオン・チェスナットのデッドヒートで、10分間の競技を終了して二人ともまったく同じ59個のホットドッグを食べ(鬼か!)、勝負は延長戦へ。
延長戦のことを、プレー・オフではなくて、ドッグ・オフ(“Dog-off”)と呼んでいたのが妙に面白かった。
ドッグ・オフは、個数の勝負ではなく、5個のホットドッグをどちらが先に食べ終わるかというもの。結果、チェスナットが勝利し、去年に続き連覇。小林は去年の雪辱ならず、でした。
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7月5日は久々のゴルフ(18ホール)。
自己ベストスコア、100がでました。
やはり嬉しかったのでココに記ス。
100切りは次回以降におあずけ。
2008年07月04日
独立記念日に...
明日(ブログの日付はもう今日ですが)は、7月4日の独立記念日でお休みです。今年は7/4が金曜日なので、珍しく3連休です。
我が街でも夜はけっこう大きな花火大会が催されるそうです。小さい街にしてはかなり大きな花火で、近隣の町からも人が集まってきてにぎわうそうです。
出店や屋外コンサートもあって何だか楽しそう。
しかしそんな楽しげな日に、朝からマラソン大会に出ないといけません。
4kmのマラソン大会。
友人になかば無理矢理エントリさせられました。。
例年の記録を見ると、結構速く走っても20〜30分かかります。
30分も走り続けたことないぞ、最近。。
だいたいなぜ4キロ? July 4th だから? 分かりませーん(なぜ金を払ってまで走らないといけないのかが)。
でも頑張ろ。 脱メタボのために。
我が街でも夜はけっこう大きな花火大会が催されるそうです。小さい街にしてはかなり大きな花火で、近隣の町からも人が集まってきてにぎわうそうです。
出店や屋外コンサートもあって何だか楽しそう。
しかしそんな楽しげな日に、朝からマラソン大会に出ないといけません。
4kmのマラソン大会。
友人になかば無理矢理エントリさせられました。。
例年の記録を見ると、結構速く走っても20〜30分かかります。
30分も走り続けたことないぞ、最近。。
だいたいなぜ4キロ? July 4th だから? 分かりませーん(なぜ金を払ってまで走らないといけないのかが)。
でも頑張ろ。 脱メタボのために。
2008年07月03日
サバティカル--若いときに
昨日と一昨日とサバティカルの話が続きました。
「先生」と呼ばれる立場になって研究室を主宰するようになり数十年も経つと、ともすると周りが見えなくなることもあるでしょう。そういうときに少し離れたトコロから自分の研究を眺めることができるのもサバティカルの良い面だと思います。
さらに、よその研究室に行くことによって、新しい技術・視点を学ぶことができるのもこの制度の良い点だと言いました。
しかし、若いうちに(大学院生やポスドクのときに)研究室を渡り歩いている間は、まさにサバティカルそのものを地でいっているようなモンだなぁとも思います。
私自身これまでに、次の移籍先を探すときは、新しい手法・研究材料・研究背景が修得できるところを選んできたつもりです。
つくばの研究室は、それまでのバックグラウンドとは全然違うラボで、まさにサバティカルに来たような感覚でした。(というか、知らない森に迷いこんだ子羊というか、、)
ポスドクとしての研究生活が始まるとき、プロジェクト上の義務として私がやらなければいけないことがあって、それが論文になるような仕事ではなかった(かつ時間もそんなに取られない)ので、もう1つ何か好きな研究を自由にやっていいよ、という話でした。それでまぁ、好きにやらさせてもらったわけですが。。
しかし、当初研究室の中であまりに自分が門外漢すぎて、何をしていいか分からず、結局はそれまでの研究の延長のようなことを黙々と1人でやっていました。その結果ますます一匹狼感が増してしまいました。もうちょっと研究室の大方針に沿うような研究テーマをやればよかったなぁと最近おもいます。せっかく学べることはたくさんあったはずなのに。
まぁ、完全に「一人で」やる強さは身に付いたかなーとは思います。。
一方でプロジェクトの方では、共同で進める面白さ(・しがらみの多さ)を学ばせてもらいました。
(しみじみと過去を振り返る感じになってしまいましたが、籍はまだつくばの研究室に残っています(学振上)。しかし帰国するころにはすぐに学振も切れるので、次の行き先を考えないといけません。)
「先生」と呼ばれる立場になって研究室を主宰するようになり数十年も経つと、ともすると周りが見えなくなることもあるでしょう。そういうときに少し離れたトコロから自分の研究を眺めることができるのもサバティカルの良い面だと思います。
さらに、よその研究室に行くことによって、新しい技術・視点を学ぶことができるのもこの制度の良い点だと言いました。
しかし、若いうちに(大学院生やポスドクのときに)研究室を渡り歩いている間は、まさにサバティカルそのものを地でいっているようなモンだなぁとも思います。
私自身これまでに、次の移籍先を探すときは、新しい手法・研究材料・研究背景が修得できるところを選んできたつもりです。
つくばの研究室は、それまでのバックグラウンドとは全然違うラボで、まさにサバティカルに来たような感覚でした。(というか、知らない森に迷いこんだ子羊というか、、)
ポスドクとしての研究生活が始まるとき、プロジェクト上の義務として私がやらなければいけないことがあって、それが論文になるような仕事ではなかった(かつ時間もそんなに取られない)ので、もう1つ何か好きな研究を自由にやっていいよ、という話でした。それでまぁ、好きにやらさせてもらったわけですが。。
しかし、当初研究室の中であまりに自分が門外漢すぎて、何をしていいか分からず、結局はそれまでの研究の延長のようなことを黙々と1人でやっていました。その結果ますます一匹狼感が増してしまいました。もうちょっと研究室の大方針に沿うような研究テーマをやればよかったなぁと最近おもいます。せっかく学べることはたくさんあったはずなのに。
まぁ、完全に「一人で」やる強さは身に付いたかなーとは思います。。
一方でプロジェクトの方では、共同で進める面白さ(・しがらみの多さ)を学ばせてもらいました。
(しみじみと過去を振り返る感じになってしまいましたが、籍はまだつくばの研究室に残っています(学振上)。しかし帰国するころにはすぐに学振も切れるので、次の行き先を考えないといけません。)
2008年07月02日
サバティカル--日本
昨日のエントリへのコメントにより、すこしググってみたところ、日本でも独立法人化の折りに多くの大学でサバティカル制度の大枠を作っていたことがわかりました。
これは良いことですね。
しかしサバティカル中は、給料が半額になったり労災が効かなかったり、といろいろ使いづらい面もあるようです。
……
というか半額になったら誰もやらないだろう…。2割減でもイヤだ、私は。
ちゃんと作る気があったのだろうか。。
給料減額は、雑務を放棄するための代償なのかぃ。その分、他の教員の雑用が増えるわけだから、言い訳が効くかね。。
…
いやまぁ一歩前進と捉えるべきでしょうかね。
皆さんの意見はどうでしょう。
これは良いことですね。
しかしサバティカル中は、給料が半額になったり労災が効かなかったり、といろいろ使いづらい面もあるようです。
……
というか半額になったら誰もやらないだろう…。2割減でもイヤだ、私は。
ちゃんと作る気があったのだろうか。。
給料減額は、雑務を放棄するための代償なのかぃ。その分、他の教員の雑用が増えるわけだから、言い訳が効くかね。。
…
いやまぁ一歩前進と捉えるべきでしょうかね。
皆さんの意見はどうでしょう。
2008年07月01日
サバティカル
今週からボスは2ヶ月間いません。
ショート・サバティカルとしてモンタナ州立大学に行きました。
「サバティカル」とは「研究のための長期休暇」という意味です。 (こんな記事もあります。あまり関係ないけど雰囲気はわかるかも)
よくあるのは、よその大学の、普段の研究とはすこし毛色の異なる分野の研究室に数ヶ月〜1年間居候させてもらうというパターンだと思います。そうすることでそれまでの研究生活では考えもしなかったようなアイデアが生まれる、さらには新しい共同研究が芽生える、というような効果が期待されているんだと思います。研究の区切りがよいところで、普段の雑務から離れてこれまでの研究をまとめる、という使い方もあるかもしれません(そして研究の次なるステージへの思考を巡らせることができる。しかしそもそも雑務なんてそんなに無いのだが…)
しかしまぁ、ええ制度やねぇ。
ボスは数年前も(期間は知りませんが)モンタナへサバティカルに行き、そこでおこなった共同研究でScienceに論文を出しました。しかも第一著者で。もう50歳はすぎているのに。
すげぇっす。
この事実を見るにつけ、「サバティカル」という制度はとても有効活用され、成果もあげているものだといえます。
ただ単にお休みをもらってどっかに行っているわけではない。
科学を活性化させているのは間違いない
日本でもあればよかったのに、こういう制度。
まぁでも無理でしょうね。そういう事ができる国じゃない。
ボスは今回の滞在で、前回の研究の延長で気になっていることを調べたい様子。ルンルンで出かけていきました。3日連続でドライブしてモンタナへ着く予定らしい。。。元気やねぇ。。
ショート・サバティカルとしてモンタナ州立大学に行きました。
「サバティカル」とは「研究のための長期休暇」という意味です。 (こんな記事もあります。あまり関係ないけど雰囲気はわかるかも)
よくあるのは、よその大学の、普段の研究とはすこし毛色の異なる分野の研究室に数ヶ月〜1年間居候させてもらうというパターンだと思います。そうすることでそれまでの研究生活では考えもしなかったようなアイデアが生まれる、さらには新しい共同研究が芽生える、というような効果が期待されているんだと思います。研究の区切りがよいところで、普段の雑務から離れてこれまでの研究をまとめる、という使い方もあるかもしれません(そして研究の次なるステージへの思考を巡らせることができる。しかしそもそも雑務なんてそんなに無いのだが…)
しかしまぁ、ええ制度やねぇ。
ボスは数年前も(期間は知りませんが)モンタナへサバティカルに行き、そこでおこなった共同研究でScienceに論文を出しました。しかも第一著者で。もう50歳はすぎているのに。
すげぇっす。
この事実を見るにつけ、「サバティカル」という制度はとても有効活用され、成果もあげているものだといえます。
ただ単にお休みをもらってどっかに行っているわけではない。
科学を活性化させているのは間違いない
日本でもあればよかったのに、こういう制度。
まぁでも無理でしょうね。そういう事ができる国じゃない。
ボスは今回の滞在で、前回の研究の延長で気になっていることを調べたい様子。ルンルンで出かけていきました。3日連続でドライブしてモンタナへ着く予定らしい。。。元気やねぇ。。
2008年06月23日
夏からのアパートを探して→の続編。
夏からアパートの家賃が80ドルちかく値上がりするので、ちょうど年明けくらいから次のアパートを探し始めていました。
その後の経過など:
まず1月。 いくつかのアパートメントを見に行ったが、あんまり良くない or 良いけど夏から空きがでるかどうか分からない、という理由でしばらく保留に。
2月中旬までに、現在の住人に夏以降も住む予定かどうか調査し終わるので、それ以降にまた連絡するというアパートもあった。
で2月中旬。そのアパートから電話がかかってくる。
「まだうちのアパートに興味があるか?」ときかれたので、「めっさある!」と答えると、
「正確にどの部屋が何日から居住可能か把握したらまた連絡する」とのこと。
その後、2週間ほっとかれる。
しょうがないので、メールすると、速攻で返事がかえってきた。
曰く、「メールを送ったはずなんだけど、サーバーがしばらく調子悪かったときがあるからそのときに私のだしたメールも葬りさられたのかもしれない」とのこと。アメリカ人にしては言い訳がうまい。
とにかく、部屋に空きが出るらしい。しかし、入居可能日がどれも"今のアパートの契約が切れる日よりもあと"だった。そうなると今のアパートを追い出された後しばらく路頭に迷わないといけない。。
もう少し待てば、さらに何部屋分かの空き予定が判明するらしいので、待つことにした。
3月上旬。ちょうどよい部屋が空いた、との情報により
部屋を見に行ってみる。
すごくいい感じの部屋だったので、そこに入居することに決め、デポジットを払った。
3月18日。リース(賃貸契約書)にサインする。
アパートの管理人のおばちゃんは、すごく仕事のできる人なので良かった。今後も安心である。なんせメールのレスポンスが異常に早い。これは助かる。
はじめ、連絡がこずに放っておかれたときはどうなるかと思ったが…、今となっては彼女の言い訳も本当だったかもしれないと思えてくる。もしくは、どんなに仕事のできる人でも"すっかり忘れてしまう(アメリカ人だけに)"こともあるのだろう。
いまはもう6月下旬で、いまのアパートに住むのもあと1ヶ月とちょっと。
来週中に、残りのお金(最初の月の家賃など)を次のアパートに払いに行かねばなりません。
その後の経過など:
まず1月。 いくつかのアパートメントを見に行ったが、あんまり良くない or 良いけど夏から空きがでるかどうか分からない、という理由でしばらく保留に。
2月中旬までに、現在の住人に夏以降も住む予定かどうか調査し終わるので、それ以降にまた連絡するというアパートもあった。
で2月中旬。そのアパートから電話がかかってくる。
「まだうちのアパートに興味があるか?」ときかれたので、「めっさある!」と答えると、
「正確にどの部屋が何日から居住可能か把握したらまた連絡する」とのこと。
その後、2週間ほっとかれる。
しょうがないので、メールすると、速攻で返事がかえってきた。
曰く、「メールを送ったはずなんだけど、サーバーがしばらく調子悪かったときがあるからそのときに私のだしたメールも葬りさられたのかもしれない」とのこと。アメリカ人にしては言い訳がうまい。
とにかく、部屋に空きが出るらしい。しかし、入居可能日がどれも"今のアパートの契約が切れる日よりもあと"だった。そうなると今のアパートを追い出された後しばらく路頭に迷わないといけない。。
もう少し待てば、さらに何部屋分かの空き予定が判明するらしいので、待つことにした。
3月上旬。ちょうどよい部屋が空いた、との情報により
部屋を見に行ってみる。
すごくいい感じの部屋だったので、そこに入居することに決め、デポジットを払った。
3月18日。リース(賃貸契約書)にサインする。
アパートの管理人のおばちゃんは、すごく仕事のできる人なので良かった。今後も安心である。なんせメールのレスポンスが異常に早い。これは助かる。
はじめ、連絡がこずに放っておかれたときはどうなるかと思ったが…、今となっては彼女の言い訳も本当だったかもしれないと思えてくる。もしくは、どんなに仕事のできる人でも"すっかり忘れてしまう(アメリカ人だけに)"こともあるのだろう。
いまはもう6月下旬で、いまのアパートに住むのもあと1ヶ月とちょっと。
来週中に、残りのお金(最初の月の家賃など)を次のアパートに払いに行かねばなりません。
2008年06月13日
EURO2008
サッカーの欧州選手権。私の中ではワールドカップよりも数々の思い出深い試合、忘れられないスーパーゴールがたくさんあります。
現地では夕方から夜に2試合やっているようですが、アメリカ東部時間だと昼の12時と2時45分のキックオフです。
なので平日は録画をして観るしかありません。インターネットを使えばほぼリアルタイムでラボでも観られますが、さすがにボスの目があるのでそれはできません。(ほぼ研究室に住んでいるY君は中国語の裏サイトで毎日観ていますが。。ポルトガル戦のときはちょうどボスが不在だったのでP氏も観ていた。。そうそう、P氏は松葉杖をつきながら現場復帰しました。)
全試合録画しても多分みるひまがないのでしてませんが、今日は死のC組(英語でもGroup Deathというみたい)なので録画をしました。アパートにケーブルTVがはいっているので、スカパーなど加入しなくても観られるのが素晴らしいです。
C組第2戦
イタリアールーマニア
オランダーフランス
気になったこと;
リペリーが激うま
スナイダーとファンニステルローイが鬼うま
ファンブロンクホルストはいぶし銀
ロッベンをスーパーサブ的に使うのはイケテる(なんて贅沢な使い方だ)
ようするにフランスはリベリー以外があんまりで、オランダはタレントが豊富でしかも噛み合っていた。
この試合の中盤のプレッシャーはすごかった。よく平気な顔してパスが回せるな〜と思った。
現地では夕方から夜に2試合やっているようですが、アメリカ東部時間だと昼の12時と2時45分のキックオフです。
なので平日は録画をして観るしかありません。インターネットを使えばほぼリアルタイムでラボでも観られますが、さすがにボスの目があるのでそれはできません。(ほぼ研究室に住んでいるY君は中国語の裏サイトで毎日観ていますが。。ポルトガル戦のときはちょうどボスが不在だったのでP氏も観ていた。。そうそう、P氏は松葉杖をつきながら現場復帰しました。)
全試合録画しても多分みるひまがないのでしてませんが、今日は死のC組(英語でもGroup Deathというみたい)なので録画をしました。アパートにケーブルTVがはいっているので、スカパーなど加入しなくても観られるのが素晴らしいです。
C組第2戦
イタリアールーマニア
オランダーフランス
気になったこと;
リペリーが激うま
スナイダーとファンニステルローイが鬼うま
ファンブロンクホルストはいぶし銀
ロッベンをスーパーサブ的に使うのはイケテる(なんて贅沢な使い方だ)
ようするにフランスはリベリー以外があんまりで、オランダはタレントが豊富でしかも噛み合っていた。
この試合の中盤のプレッシャーはすごかった。よく平気な顔してパスが回せるな〜と思った。
2008年06月12日
うまいもん日記
一時帰国中の晩御飯の献立を振り返ると、日本滞在の濃密さが思い出されます。
とにかく以下のよう:
日本に着いた初日、刺身だった。
2日目、嫁の実家で、てんぷらを。
3日目、つくばの研究所の上司・同僚と飲み会。刺身を食す。
4日目、研究所同僚と寿司屋へ。一品料理も豊富な店だったので、てんぷらも注文す。
ここまで生魚か天ぷらしか食っていない。
(ちなみにこの日の昼食は、土浦のおいしいラーメン屋「小桜」へ。7月25日の記事とおなじく、行列に並んでいる間に店の写真を撮ったのでアップ。醤油ラーメンを食す。)


5日目、翌週からアメリカへ研究留学する同僚ポスドクの壮行会。かなりゴージャス系居酒屋で刺身を食す(またかい)。
6日目、義理の妹の結婚式で、おフランス料理のフルコース→腹が張り裂けそうになる。
7日目、実家近くの友人宅で、手料理。ホッとする。
8日目、実家で母親の手料理。(昼は近所のお好み焼き屋)
9日目、学生時代によく行った居酒屋で懐かしのエビマヨネーズ。No刺身。(昼は蕎麦)
10日目、沖縄料理店→焼き鳥
11日目、都立大→都立大の別のラボ(刺身有)→友人宅へ。
12日目、つくばサッカーチームの飲み会。当然刺身有。
13日目、学生時代の同期と飲み会。居酒屋→中華料理
14日目、友人宅でお好み焼き。(昼は中華料理)
15日目、休暇を取って温泉宿へ。豪華な部屋食。刺身も当然有。
16日目、もう1軒温泉宿へ。前日より旨い。刺身。
17日目、羽田空港でスパゲッティ。まずかった!
18日目、嫁の実家で義母の手料理。
19日目、成田→ワシントンDC経由、ステート・カレッジ
基本的に毎日食い過ぎ。
とにかく以下のよう:
日本に着いた初日、刺身だった。
2日目、嫁の実家で、てんぷらを。
3日目、つくばの研究所の上司・同僚と飲み会。刺身を食す。
4日目、研究所同僚と寿司屋へ。一品料理も豊富な店だったので、てんぷらも注文す。
ここまで生魚か天ぷらしか食っていない。
(ちなみにこの日の昼食は、土浦のおいしいラーメン屋「小桜」へ。7月25日の記事とおなじく、行列に並んでいる間に店の写真を撮ったのでアップ。醤油ラーメンを食す。)
5日目、翌週からアメリカへ研究留学する同僚ポスドクの壮行会。かなりゴージャス系居酒屋で刺身を食す(またかい)。
6日目、義理の妹の結婚式で、おフランス料理のフルコース→腹が張り裂けそうになる。
7日目、実家近くの友人宅で、手料理。ホッとする。
8日目、実家で母親の手料理。(昼は近所のお好み焼き屋)
9日目、学生時代によく行った居酒屋で懐かしのエビマヨネーズ。No刺身。(昼は蕎麦)
10日目、沖縄料理店→焼き鳥
11日目、都立大→都立大の別のラボ(刺身有)→友人宅へ。
12日目、つくばサッカーチームの飲み会。当然刺身有。
13日目、学生時代の同期と飲み会。居酒屋→中華料理
14日目、友人宅でお好み焼き。(昼は中華料理)
15日目、休暇を取って温泉宿へ。豪華な部屋食。刺身も当然有。
16日目、もう1軒温泉宿へ。前日より旨い。刺身。
17日目、羽田空港でスパゲッティ。まずかった!
18日目、嫁の実家で義母の手料理。
19日目、成田→ワシントンDC経由、ステート・カレッジ
基本的に毎日食い過ぎ。


